1960年代は、映画が社会の鏡であることを強く印象づけた10年間である。この時代、アカデミー賞の作品賞を受賞した映画は、社会の転換点を映し出すだけでなく、革新的な技術や語り口で観客を魅了した。戦後の成長期を経た世界は、新たな価値観の模索を始めていた。公民権運動や人種問題、冷戦の緊張などが渦巻く中、映画界はこれらの変化を題材に取り上げ、壮大な叙事詩から社会派ドラマ、音楽を駆使したエンターテインメントまで幅広いジャンルで観客の心を掴んだ。
この時期、オードリー・ヘプバーンやジュリー・アンドリュースのような女優たちが輝き、またシドニー・ポワチエは人種の壁を打ち破る象徴として活躍した。また、ピーター・オトゥールやダスティン・ホフマンといった俳優たちも、その独特な個性とリアルな演技でスターとしての地位を確立した。
映画の舞台はさらに広がり、「アラビアのロレンス」や「サウンド・オブ・ミュージック」のような壮大なロケーションがスクリーンを彩り、観客を旅へと誘った。この10年間は、映画が娯楽を超えて時代の記録と文化の担い手となる、その力を示した黄金期だった。
1960年代のアカデミー作品賞
第33回(1960年度)『アパートの鍵貸します』
ビリー・ワイルダー監督の傑作コメディ。主人公の平社員バクスターは、上司たちの不倫の場として自宅アパートを貸し出し、見返りに昇進を狙うが、密かに想いを寄せる女性フランが上司の愛人であることを知り苦悩する。ブラックユーモアに満ちた物語が、次第に誠実さと人間味あふれるロマンスへと転じていく過程が巧みに描かれる。観客の心を掴む脚本と主演ジャック・レモンのコミカルかつ感情的な演技が高く評価され、オスカー5部門を制した。
第34回(1961年度)『ウエスト・サイド物語』
ロミオとジュリエットの物語を現代ニューヨークに置き換え、対立する移民コミュニティの若者たちの悲恋を描いたミュージカル映画。ジェローム・ロビンズとロバート・ワイズが共同監督を務め、躍動感あふれるダンスシーンと感情豊かな音楽が魅力。特に「トゥナイト」や「アメリカ」などの楽曲は、ミュージカル映画の金字塔として記憶されている。10部門を制した本作は、社会的テーマをエンターテインメントに昇華した点で映画史的にも重要な位置を占める。
第35回(1962年度)『アラビアのロレンス』
第一次世界大戦中、中東の砂漠地帯で活動したイギリス軍将校T.E.ロレンスの実話を描いた壮大な叙事詩。デヴィッド・リーン監督が手掛けた広大な砂漠の映像美は圧巻で、観客を物語の核心に引き込む。ロレンスの英雄的行動と人間的葛藤を描き、ピーター・オトゥールの繊細な演技が深い印象を残した。圧倒的なスケール感と美術的完成度が評価され、7部門でオスカーを受賞。映画史上最も影響力のある作品の一つとして語り継がれている。
第36回(1963年度)『トム・ジョーンズの華麗な冒険』
18世紀イギリスの社会を背景に、自由奔放な若者トム・ジョーンズの冒険を描くコメディ映画。トニー・リチャードソン監督による実験的かつ軽妙な演出が、文学原作を現代的にアレンジし新しい映画表現を追求した。観客を引きつけるテンポの良い展開や、主人公の愉快な人間模様が魅力である。本作は、コメディ映画が芸術性を認められる道を切り開いた作品として、アカデミー賞で4部門を受賞。英国映画の新たな可能性を示した一作となった。
第37回(1964年度)『マイ・フェア・レディ』
ジョージ・キューカー監督による、バーナード・ショーの戯曲を基にしたミュージカル映画。ロンドンの下町で暮らす花売り娘イライザが、言語学者ヒギンズ教授の指導で上流社会の淑女へと変貌する過程を描く。オードリー・ヘプバーンの気品あふれる演技と華麗な衣装、そして心温まるストーリーが観客の心を掴んだ。豪華な舞台美術と音楽が高く評価され、アカデミー賞では作品賞を含む8部門を受賞。ミュージカル映画の黄金期を象徴する作品となった。
第38回(1965年度)『サウンド・オブ・ミュージック』
ジュリー・アンドリュース主演の不朽のミュージカル映画。修道院を出た主人公マリアが、厳格なトラップ大佐と7人の子どもたちと心を通わせ、ナチス占領下のオーストリアから逃れる物語を描く。美しいアルプスの風景、心に響く名曲「エーデルワイス」「ドレミの歌」などが、世界中で愛され続けている。ロバート・ワイズ監督による感動的なストーリーと名演が評価され、アカデミー賞5部門を受賞。映画史に残るミュージカルの名作である。
第39回(1966年度)『わが命つきるとも』
16世紀のイングランドを舞台に、宗教改革期の苦悩を描いた歴史ドラマ。ヘンリー8世の離婚問題に反対し、信念を貫いた法学者トマス・モアの生涯がテーマ。フレッド・ジンネマン監督の緻密な演出とポール・スコフィールドの深みのある演技が高い評価を得た。宗教と権力の対立という普遍的なテーマが描かれ、6部門のオスカーを受賞。厳格な歴史的背景と人間ドラマが融合した力強い作品として知られる。
第40回(1967年度)『夜の大捜査線』
シドニー・ポワチエとロッド・スタイガーが共演した社会派サスペンス。南部の小さな町で起きた殺人事件を背景に、黒人刑事と白人保安官が衝突しながらも真犯人を追う姿を描く。人種差別問題に真正面から取り組み、緊張感あふれる展開が高く評価された。ノーマン・ジュイソン監督の手腕により、娯楽性と社会的メッセージを両立させた本作は、作品賞を含む5部門を受賞し、映画史における重要な一作となった。
第41回(1968年度)『オリバー!』
チャールズ・ディケンズの小説を原作にしたミュージカル映画。孤児院で育った少年オリバーの波乱万丈の人生を描く。キャロル・リード監督の手によるダイナミックな演出と、華やかな音楽・ダンスシーンが観客を魅了した。特に「フード・グロリアス・フード」や「考えろ!」といった楽曲が印象的で、ミュージカル映画のエンターテインメント性を極限まで追求した作品である。本作はアカデミー賞6部門を制し、ミュージカルの新たな頂点を打ち立てた。
第42回(1969年度)『真夜中のカーボーイ』
ニューヨークを舞台にしたジョン・シュレシンジャー監督のヒューマンドラマ。田舎から夢を求めて大都会にやってきたカウボーイ姿の青年ジョーが、病弱な詐欺師ラッツォと友情を深める中で人生の現実に直面する姿を描く。ダスティン・ホフマンとジョン・ヴォイトの名演技が際立ち、時代の空気を映し出した作品として高く評価された。本作は、R指定映画として初めて作品賞を受賞するという快挙を達成し、アカデミー賞の歴史に新たな一ページを刻んだ。
1960年代のハリウッドスターたち
オードリー・ヘプバーン(1929年-1993年)

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1960年代のハリウッドを語るうえで欠かせない存在がオードリー・ヘプバーンだ。彼女は『ティファニーで朝食を』(1961年)でコメディエンヌとしての魅力を発揮し、『シャレード』(1963年)や『マイ・フェア・レディ』(1964年)では気品ある美しさと演技力を見せつけた。ファッションアイコンとしても世界中で支持され、彼女のスタイルは現在でも広く影響を与えている。特に女性の自立や自由を象徴する存在として、時代の象徴的な存在となった。
ポール・ニューマン(1925年-2008年)

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青い瞳で知られるポール・ニューマンは、1960年代に男らしさと繊細さを兼ね備えた魅力で大活躍した。『ハスラー』(1961年)や『暴力脱獄』(1967年)では、アウトローや孤高の男を見事に演じ、社会の規範に反抗する姿勢を体現した俳優として若者の支持を集めた。また、レーサーとしても活躍するなど、多才な一面を持つスターである。
ソフィア・ローレン(1934年-)

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イタリア出身のソフィア・ローレンは、1960年代のハリウッドとヨーロッパ映画界をまたにかけて活躍した女優だ。『ひまわり』(1960年)や『アラベスク』(1966年)で見せた圧倒的な存在感と情熱的な演技は、多くのファンを魅了した。彼女のセクシーな魅力と人間味あふれる演技は、当時の国際映画界で唯一無二の存在として評価され、オスカーも受賞している。
スティーブ・マックイーン(1930年-1980年)

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「クールな反逆者」として1960年代の若者文化を代表する俳優となったスティーブ・マックイーン。『荒野の七人』(1960年)、『大脱走』(1963年)、『ブリット』(1968年)など、アクション映画でのスリリングな演技が特徴的である。冷静で控えめながら、圧倒的な存在感を持つ彼は、映画スターとしての新しい理想像を提示した。
ダスティン・ホフマン(1937年-)

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1967年の『卒業』でブレイクしたダスティン・ホフマンは、1960年代後半を代表する若手俳優となった。平凡な青年の中に潜む葛藤や不安を繊細に演じる彼の演技スタイルは、従来のハリウッド俳優像を覆すものだった。スター俳優としてだけでなく、演技派としても評価され、次世代の俳優たちに多大な影響を与えた。
エリザベス・テイラー(1932年-2011年)

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既に1950年代から活躍していたエリザベス・テイラーだが、1960年代にはその名声が頂点に達した。『クレオパトラ』(1963年)では圧倒的な美しさと存在感で観客を魅了し、当時のハリウッド史上最高額のギャラを得た女優としても話題に。また、『バージニア・ウルフなんかこわくない』(1966年)でアカデミー主演女優賞を受賞し、演技派女優としての評価も確立した。

