窃盗なのにお咎め無し?例の法律のその後(カリフォルニア)

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窃盗団に荒らされたスーパーマーケットや、足元が覚束ない薬物中毒者がアメリカの街を徘徊する、まるでゾンビ映画のようなセンセーショナルな映像がメディアやyoutubeで拡散されている。

きっかけとなったのが、2014年に可決された通称「プロポジション47」と呼ばれるカリフォルニア州の法律である。「窃盗してもお咎め無し」と噂されるこの法律は、正確には起訴されないわけでなく、暴力を伴わない犯罪に対して罪が軽くなるという法改正を行ったものだが、万引きや薬物使用で捕まっても多くの場合に収監されないため、このような誤解がSNSを中心に広まった。

法律の要点は、重罪の一部を軽罪に軽減すること、対象の犯罪で服役中の囚人に対し刑期を短縮すること、節約された刑務所資金を地域社会のサービスに割り当てることの3点である。これによって、一部の重罪を再分類し、950 ドル(約14万円)未満の商品を盗んだ万引きや、単純な薬物所持など、特定の非暴力的な犯罪を軽罪にすることとなった。

その法律が、2024年11月、「プロポジション36」によって修正された。日本人に一見理解しがたい事の顛末について本稿でまとめる。

プロポジション47の理想と現実

発端となったのは2011年のアメリカ最高裁の判決。
当時刑務所の過密化が問題視されていたカリフォルニア州において、収監人数を2年以内に180%から137%以下に減らすよう命じた。

これを受けたカリフォルニア州では、2014年に大規模な住民投票が行われ、前述のプロポジション47が可決された。正式名称は「住環境・学校安全法」(Safe Neighborhoods and Schools Act)。この法律の主な目的は、非暴力犯罪の刑罰を重罪から軽罪に変更し、刑務所の収容人数を削減することにある。合わせて、不登校や中退の防止、被害者支援、精神衛生、薬物乱用治療などへの資金投入を義務付けた。

用語解説:プロポジションとは
プロポジションとは、住民投票にかけられる法案のこと。カリフォルニア州では、住民が直接法律の制定に関わる機会としてこのような住民投票が頻繁に行われ、2014年に提案された47番目の法律がプロポジション47、という意味になる。

このような先鋭的な試みについて、アメリカ人権協会やリベラル派の民主党議員らは「罰するより更生に重きを置く」方法として支持した。地元ロサンゼルスタイムズや東海岸のニューヨークタイムズなどの大手メディアもこれに追随した。
結果として、逮捕者数は1989年のピーク時の200万件近くから78万件に減少し、年間約1億ドル(150憶円)の刑務所資金を節約した。これらの資金は、被害者サービス、メンタルヘルス、薬物使用サービスに充てられている。

しかし現実では、小売店での万引きと略奪が常態化し、組織的な窃盗犯罪グループをカリフォルニアに招き入れる事態となった。
トランプ次期大統領は2024年の大統領選挙前、「950ドル以下なら店を強盗しても構わない」「強盗犯たちは店に入って、いくらになるか知るための計算機を持っていく。なぜなら、950ドル以下なら強盗しても罪に問われないからだ。」と集会で繰り返し主張し、ハリス氏にその責任があるとした(プロポジション47が成立した時期に、ハリス氏がサンフランシスコ地方検事とカリフォルニア州司法長官を務めたことから)。※参考:2024年8月30日 TheNewYorkTimes

■動画:2021年のサンフランシスコにある小売店の様子

動画は2021年7月19日、KTVU FOX 2 San Franciscoがyoutubeに公開したもの。盗難品がオークランドのフリーマーケットで転売されている様子と警察の対応を取材している。詳細記事はこちら

2022年から23年の間、カリフォルニア州から69万人の人材が流出した。同時期の流入が約42万人だったことから、この期間に約27万もの人口が失われたこととなる。そのような状況を嫌気してか、テスラ、HP、オラクルなど、同州を象徴するIT企業が他州への本社移設を決定した。テスラのイーロンマスクCEOは明確に共和党支持を表明している。

2024年11月、この状況を是正するため「ホームレス・薬物中毒・窃盗削減法」と呼ばれるプロポジション36が可決した。住民の71%が賛成票を投じたという。
これにより、950ドル以下の窃盗と薬物の単純所持について、最初の2回までは依然として軽罪と扱われるものの、3回目の有罪判決では重罪として起訴され刑務所に収監されることとなった。事実上、プロポジション47は撤廃された。

そもそも何故そのような法律が‥

では、そもそもリベラリストたちは、なぜ一見無謀とも思える改正前の法律を支持したのか。

CJCJ(NPO法人少年・刑事司法センター/The Center on Juvenile and Criminal Justice)によると、2000年代半ばの同州の刑務所は定員のほぼ2倍に達する過密状態にあり、刑務所内では毎週1人が死亡するという深刻な状況に陥っていた。プロポジション47の制定により過密状態を即座に緩和したという。元々は人権問題だった。(参考

刑務所を増設するという選択肢を取らず、犯罪を軽罪にする(実質的に収監人数を減らす)ことに解決策を見出し、またそれを決断したのは他ならぬカリフォルニア住民である。結果として州の財政負担大幅に軽減され、削減されたコストは地域サービスの拡充に振り向けられた。また、最高裁の命令に応じる形で、刑務所の環境も改善された。

一部のリベラリストは、治療支援や再犯防止プログラムの効果を強調し、プロポジション47の成果を今なお擁護している。カリフォルニア大学アーバイン校の分析も、「犯罪増加はこの施策が原因ではない」と結論づけ、支持の根拠となっている。(参考

「安全のために自由を犠牲にしない」という姿勢は、伝統的にリベラルな色彩が強いアメリカ西海岸の気質ともいえる。この政策と転換は、広範な社会実験だった。その影響は現在も注目され考察が続いている。